2014年1月9日木曜日

『くいいじ』安野モヨコ

エッセイを気に入る条件って「文章がおもしろい」とか「文章が好み」ということになるけれど、「作者に共感できる」という条件が加えられる場合もある。

『くいいじ』は、私にとってまさにそんなエッセイ。これは、『さくらん』や『働きマン』などのマンガだけでなく、『美人画報』といったエッセイも定評がある、安野モヨコが描く食べ物エッセイである。

「担当編集者からの差し入れ」や「里中満智子先生が月産七百枚超えの時代に食べていた食事」などのマンガ家ならではのお話もおもしろいし、現在安野モヨコが暮らす鎌倉のレストランや素材のお話も描写が繊細。
すごく食べたくなるすてきな文章なんだけど、私がこの本を大好きなのはそれだけじゃない。

すごく、共感するのだ。「旺盛な食欲」が。いや、「食への執着心」が。
そうなのだ、なんて言ったって、書名が『くいいじ』なのだ。

 本当にごくごく普通の食べ物に対する意識しか持ち合わせていない。
 旺盛なのは食欲ぐらいのものだ(『くいいじ』上巻より)

例えば、以前の事務所でパスタのデリバリをスタッフみんなで取り分けて食べていても、一皿が二〜三人前のパスタを一人で食べたくなり「あの凶暴な食欲は一体何だったのだろうか」と回想する。

自分を「大食い」と自覚しており、たまに「私、すっごい大食いなんですよ〜」という人と食事に行くも、「コレがまず本当だった例がない」と言う(後に安野モヨコも体質上あまりたくさん食べていい体ではないことが判明するが)。

あのように「女子力」が高い安野モヨコと私ではまったく接点がないと思うけど、ここには「うんうん、わかる」と大きく共感するのだ。私もとても大食いで、執着心があるのを自覚している。さすがに体重を気にするようになったのでセーブできるようになったが。

もちろん、安野モヨコは単なる「大食い」ではない。作家である。
家まで毎週来てくれていた酒屋さんの御用聞きの引退にしんみりしたり、春になって少しずつ色を変えていく山を和菓子のよう、とつぶやく。
食を通して見せる彼女の繊細な観察眼が、このエッセイのベースになっていることは間違いない。

食材をはんこのようにして表現した単行本の装丁も、鎌倉に住む彼女のイメージと相まって、とてもうつくしい。
最近文庫本が出たけど、ぜひ単行本がおすすめです。